「山形藝術界隈前史」第六回:白丸たくト

山形藝術界隈メンバーによる「山形藝術界隈前史」の連載第六回は、白丸たくトによる前史です。(構成・文:白丸たくト)

「山形藝術界隈前史」初回:後藤拓朗
「山形藝術界隈前史」第二回:大槌秀樹
「山形藝術界隈前史」第三回:根本裕子
「山形藝術界隈前史」第四回:久松知子
「山形藝術界隈前史」第五回:是恒さくら
「山形藝術界隈前史」第六回:白丸たくト

初めて自らの意思で東北の地に足を踏み入れたのは、2015年11月1日のことだった。山形にあるという、廃旅館をリノベーションしたシェアアパート「ミサワクラス」をこの目で確かめるため、そして大槌秀樹さんと話をするため。

彼は自分の身体を使ってパフォーマンス映像をつくる美術家で、1年半前に京都で一度お会いしたことがある。その日はちょうど彼の個展のオープニングで、他にもミサワクラスの住人が何人か来ていた。そして自然とその話になっていった気がする。アーティストたちが自分たちの部屋で展示をしたり、イベントを開いたりできるスーパーフラットな場所。僕はなんとなくその話が頭の片隅から離れないでいた。いま思えば、もちろんその場所自体にも興味はあったが、それ以上にミサワクラスに住んでいる彼らの空気感に惹かれたのかもしれない。それは今まで感じたことのないくらいカラッと乾いていて、正直で、居心地の良いものだった。

「とりあえずビールで」

酒は飲めない方だが、つられてビールを注文する。シェアアパートの目の前にあるヒマラヤというカフェ。大槌さんと僕は中ジョッキ片手にそそくさとカレーを食べた。真っ昼間のことである。

この時期の僕はどこか息苦しさを感じていた。生まれたときから住み続けている関西という特異なフィールドに対して、そしてお決まりの音楽シーンに絡め取られそうになり右往左往しているうちに、ついには自分の表現を見失いかけるその寸前まで来ていた。やばい。何処か、風穴はないのか。東京はだめだ。何処かどこか……。

カフェではいろんな話をしたが「お前が欲しい」と言われたことだけは強く頭に焼きついている。その時期は、大槌さんを含めたミサワクラスの3人が、同じ年の2月から自室でギャラリーを開き定期的に展示を続けていた。来年はその一周年、その年にはビエンナーレもある。まだ会ったことのない人たちが集まってくる。「すごく面白いことになる」。それは間違いなかった。

店を後にしてミサワクラスの中に入る。そこでも酒は待ち構えていた。何人かの住人が大槌さんの声によって召集され、いま興味があることや自分のことを話し合った。「こういうの久しぶりだなあ」と彼は漏らした。とてもいい顔をしていた。

そういえば、いくつか楽器をリュックに詰めてきた。YAMAHAのミニキーボードにドラムマシン、細かな笛や太鼓類。

「どうやって使うの?」ぎこちない手つきで楽器に触れる。思い思いのメロディーを奏でる。自然と身体が動きだす。気が付けばみんな夢中になって楽器をかき鳴らしていた。わぁーすげぇな。これがセッションだ。これが表現だ。年齢や国籍や性別も関係なく、なんの偏見もなく交わる。それぞれが気持ちのいい音を出し、それぞれがその場を、その空気を、その一瞬を楽しむ。

「なんだ、これでよかったんだ」

その夜は音楽と酒に酔いしれ潰れて、硬い床の上を、どこまでも眠った。次の日のことはあまりよく覚えていない。飛行機に乗って見慣れた家路につき、すぐに一通のメールを送った。「引っ越します」と。

✳︎

あれから3年と少しが経ち、僕はいま水戸にいる。山形で出会った仲間とはいまも交流を続けている。僕は、僕にできることをしようと思う。

──作用・反作用を繰り返しながらも、共に生きていけたら。

2019.02.22 白丸たくト

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